喪黒福造の憂鬱-キョン編

168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 02:56:01.28 ID:O2wowKnOO
わたしの名は喪黒福造……人呼んで『笑ゥせぇるすまん』
ただの『せぇるすまん』じゃございません。わたしの取り扱う品物はココロ、人間の心でございます。


この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり……
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます

さて、今日のお客様は……

【本名不明(15)キョン】

ホーッホッホッホ ……

174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 02:59:43.05 ID:O2wowKnOO
――暗く淀んだ雲と、湿気を大量に含んだ空気が梅雨の訪れを知らせる頃、
俺の周りでは劇的な環境変化が立て続けに巻き起こっていた。
そう……ある日、何の前触れもなく涼宮ハルヒが消えた。学校側の話を鵜呑みにするならば、
親父さんの仕事の都合で急に転校してしまったらしい。
まったく……何でも不思議に結び付ける、某ハルヒではないが、正直言って怪しい。
これにはいくら何でも疑問を抱かざるを得ないというものだ。
何せ、ハルヒは俺達に何も告げずに去ってしまったのだから。以来、連絡が全くつかず、携帯も一切繋がらん。
いや、それもハルヒらしいと言われれば、そうなのかも知れないと納得してしまいそうだが。

178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:02:07.36 ID:O2wowKnOO
しかし、ことはそれだけに止まらなかったのである。
ハルヒが消えたその後、何と朝比奈さんまでも消えてしまったのだ。
最後に会ったのは土曜日だが、誰が見てもあの日の朝比奈さんは妙だった。
そして、間もなく失踪……
ひょっとして、未来に帰ってしまったのだろうか? 別れも言わずに。

180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:02:59.84 ID:O2wowKnOO
……そうだ、朝比奈さんだけではない。
長門もあの一件以降、一度も俺の前に姿を見せない。マンションの管理人に聞いたところ、引っ越したと言っていたが、果たしてどこまで信用できることやら……

古泉なら何か知っているかもしれないと考えたが、困ったことに、こいつもここ数日会っていない。
ただ、こいつは事前に休学届けを提出していたらしいので、どうやら帰ってくる気はあるようだ。
しかし、何があったかは知らないが、それなら何故俺に何も言ってくれなかったのか、古泉。

182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:04:56.21 ID:O2wowKnOO
まあ、俺はあいつらと違い、平々凡々とした一般人だから、仕方がないのかも知れんな。

……いや、ちょっと待てよ。
もしや、あいつら全員、消えたハルヒを追っているんじゃないか?
そうだ、元々あいつらは皆、ハルヒが原因で集まってきたのだ。
なるほど、ますますもって俺は蚊帳の外というわけか……
鍵だ何だと言われていた頃が懐かしい。

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:06:46.78 ID:O2wowKnOO
人間、出会った以上いつかは必ず別れがやって来る。
それは、例えば死別することもあれば、音信不通になったり、単に疎遠になって、そのまま一生会わず終いってこともあるだろう。
何も不思議なことじゃないさ。毎日そんな別れが世界中あちらこちらで行われているのだ。
だが、これが実際体験するとなると、何とも寂しい気持ちになるものである。
胸にぽっかり穴が開くとは、まさにこのことだ。
もし、俺のココロに誰かが住んでいたならば、今頃は寒々しいスキマ風にさらされているに違いない。
下手をすると「欠陥住宅だ!」などと、建築会社を相手に訴訟を起こすかもしれん。

189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:09:02.15 ID:O2wowKnOO
そんなことを長々と考えている内に、俺はまた、誰もいないと理解しつつも、このSOS団の部室の前までやって来てしまった。
全く、習慣とは恐ろしいものである。
そして、心の中ではありえないことと思いながら、
もしかすれば皆がひょっこり戻っていて、顔をしかめたハルヒに遅いと怒鳴りつけられ、
メイド服を纏った朝比奈さんの入れてくれたお茶をすすり、
古泉と何ともアナログなゲームで遊んで、横で読書に耽る長門と幾らか言葉を交わす……
そんなこの間までの日常が、壁一枚隔てた向こう側に、
何食わぬ顔で待機しているんじゃないかという、ティッシュペーパー一枚分なんぞ比較にもならない程の薄っぺらな望みを抱きながら、今日も部室のドアノブに手をかけた。

192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:11:50.86 ID:O2wowKnOO
「どうも、こんにちは」
しかし、ドアを開けると、そこには全身黒ずくめという何とも奇妙な風貌のオッサンが、
あの楽しかった日常のかわりに立っていたのだ。
これが現実というやつだろうか。何とも無情である。
だが、いつまでも落胆している場合ではない。何故このオッサンはここにいるのか?
いくら旧校舎とはいえ、校舎内に入れるものではないだろうに。
まさか、どこかの生徒の父兄か何かだろうか。うむ、その可能性も否定できない。
いや、ならばどうしてSOS団の部室にいるのだ? 正確にはまだ文芸部室だが……
よし、どれだけ考えてもわからないのであれば、とにかく尋ねてみるのが一番だろう。

「すみませんが、どなたでしょうか? 何かここに用でも?」

俺がそう聞くと、男は帽子を脱ぎながら、がに股気味に俺に向かって歩いてきたのだ。
そして目の前で立ち止まるやいなや、胸元から一枚の名刺を取り出し、こちらに差し出してきた。

「失礼しました、わたくしこういう者です」

196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:15:32.67 ID:O2wowKnOO
差し出された名刺の文字は、『ココロのスキマお埋めします。喪黒福造』と読めた。
この真ん中にデカデカと書かれてある『喪黒福造』というのが、どうやらオッサンの名前だろう。
しかし、わからんのはその上の一文だ、まったく意味不明である。
他に社名や役職などが載っていないのも気になるが。
そんな風に俺が訝しげな顔で名刺と睨み合いをしていたら、

「怪しい者じゃございません。わたしはボランティアの一環として、悩める人々を無償で救っているのです」

と、オッサンこと喪黒福造が丁寧にも自己紹介をしてくれたのだ。
俺はそれならそうと最初から名刺に書いておけよ、
と心の中で忌憚なき意見を述べてやりつつ、適当な相槌を返してやった。
しかし、名刺を貰おうと自己紹介されようと、この男の怪しさは歴代観測記録第一位を依然マークしたままである。
大体、ボランティアというのも怪しければ、その活動内容も怪しいし、
何よりここにいた理由をいまだに説明されていないのが、そもそも怪しかったりするわけで、
正しく怪しさ三冠王といって差し支えないだろう。

「ええと・・・そのボランティアの方が、どうしてこんな所にいるんですかと、質問しているんですが?」

実は内心かなりイライラしていたりするわけだが、それをおくびにも出さず、
さらに質問をすると、全く想定していなかった答えがその男の異様に大きな口から飛び出してきた。

200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:19:49.88 ID:O2wowKnOO
「わたしは、あなたを待っていたのです。キョン君」

これには流石に驚かされた。
まず、俺を待っていたという返答の内容に加え、さらに俺の あだ名まで知っているとは……
そして、この喪黒という奴は、呆気にとられている俺をよそに、さらに言葉を続けた。

「この部屋もすっかり静かになってしまいましたが、いかがですか? 今の生活は」

「な・・・何のことを言ってるんですか?」

「SOS団の皆さんが消えてしまって、ずいぶん寂しい思いをしているのではありませんか?」

今の俺の思考回路はとっくに何かの限界を越えていた。心臓が五月蝿過ぎて気分が悪い。
こいつは一体、何を言ってるんだ?

「わたしは、あなたのココロのスキマをお埋めして差し上げたいのです」
ココロのスキマ……確かに今、俺のココロは隙間だらけだろうが、それをどうやって……

「あなたはもう一度、皆さんにお会いしたいのでしょう?」

まさか……この人は、あいつらの居場所を知っているのか?
一体どうして、どうやって知ったんだ……?
いや、今その疑問は頭から除けておこう。それより、

「……ど、どこにいるのか、あなたは知っているんですか? もし知っているのなら教えて下さい!」

202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:21:16.35 ID:O2wowKnOO
「ホッホッホ……会いたいのであれば、わたしが会わせて差し上げますよ。ただし」

喪黒は、後ろの窓から入ってくるオレンジ色の光に照らされながら、
会わせてやる、
という言葉を聞かされ、すっかり固まっている俺を指差し、今までにない強い口調でこう言った。

「皆さんと会えば、もう二度と、あなたに今のような穏やかな日常が訪れることはありません! それでもよろしいですか?」

俺の日常……
思い返せば、ハルヒと出会い、SOS団の一員となってからは心の休まることなど、ほとんどなかったように感じる。
そういや、理不尽に命を狙われたりもしたっけな。
あの頃と比べれば、今の状況は確かに穏やかと言えるだろう。
ハルヒの気まぐれであちこち引きずり回されることもない。無茶な提案に付き合わされることもない。
しかし……

212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:30:41.03 ID:O2wowKnOO
「俺は、あいつらがいなくなって、こんな状況になって、初めて気付いたんだ。
皆と過ごしたあの目茶苦茶な毎日を、俺は心の底から楽しんでいたんだと……だから!」

少しの沈黙を経て、喪黒が静かな笑い声を上げた。
シンと静まり返る部室の中に、それはまるで這うように、低く響き、広がっていった。

「ホッホッホ……わかりました。では、わたしの方をよぅく見てください……さあ、準備はよろしいですか? いいですね?」

ド―――――ン!!!!

うおおおおお……!!!!

214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:31:13.09 ID:O2wowKnOO




『「あなたには感謝すべきなんでしょうね」
無駄に爽やかな笑顔で言う。
「世界は何も変わらず、涼宮さんもここにいる。僕のアルバイトもしばらく終わりそうにありません。
いやいや、本当にあなたはよくやってくれましたよ。皮肉じゃありませんよ?
まあ、この世界が昨日の晩に出来たばかりという可能性も否定できないわけですが。
とにかく、あなたと涼宮さんにまた会えて、光栄です」
長いお付き合いになるかも知れませんね、と言いつつ、古泉は俺に手を振った。
「また放課後に」』

215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:31:47.83 ID:O2wowKnOO




『「貸してくれた本な、今読んでるんだ。あと一週間もしたら返せると思う」
「そう」
視線を合わさないのはいつものことだ。』

216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:32:10.04 ID:O2wowKnOO




『「よかった、また会えて……」
俺の胸に顔を埋めて朝比奈は涙声で、
「もう二度と…… (ぐしゅ) こっちに、も、 (ぐしゅ) 戻ってこないかと、思、」
背中に手を回そうとした俺の動きを感じたのか、朝比奈さんは両手を俺の胸に当てて突っ張った。
「だめ、だめです。こんなとこ涼宮さんに見られたら、また同じ穴の二の舞です」
「意味解らないですよ、それ」』

217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:32:47.75 ID:O2wowKnOO




『時計から目を上げると、すぐに遠くから歩いてくる見覚えのある私服姿が目に入った。
よもや三十分前に来たのに俺がもう待っていると思わなかったのか、
ぎくりとしたように立ち止まり、また憤然と歩き始める。
眉根を寄せるしかめっ面のゆえんが参加率の低さを嘆いたものなのか、
俺に後れを取った不覚を嘆いたものなのかは解らない。後でゆっくり聞いてやろう。ハルヒの奢りの喫茶店で。
その際に俺は色々なことを話してやりたいと思う。
SOS団の今後の活動方針について、朝比奈さんへのコスプレ衣装の希望、
クラスでは俺以外の奴とも会話してやれ、フロイトの夢判断をどう思うか、などなど。
しかしまあ、結局のところ。
最初に話すことは決まっているのだ。
そう、まず―――。
宇宙人と未来人と超能力者について話してやろうかと俺は思って―――…』

221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:35:40.55 ID:O2wowKnOO
……と、ここまで読んだところで、わたしはこのライトノベルスを閉じました……。
改めて表紙に目を向けると、何とも強気そうな女の子の絵、そしてその横に赤い文字で書かれた
『涼宮ハルヒの憂鬱』というタイトルが目に入ってきます。
そして、また適当にページをめくり……
本の中にて、忙しくも楽しそうに日々を送る彼の姿に、自然と顔をほころばせるのです。

「あ、そこのお嬢ちゃん、ちょっと」

「ん? なぁに?」

「お嬢ちゃん、これをどうぞ。勉強の合間にでも読んでちょうだい」

わたしは通り掛かった女の子呼び止め、そのライトノベルスを手渡したのです。
少女はそれを受け取ると、にこっと笑い、ありがとう、と手を振りながら走り去って行きました。

「ホッホッホ……これで、彼はこのライトノベルスの中で永遠に生きることとなりました。
もう一度お友達に会えて良かったですねェ……。
わたしも、たまには良いことをするんですよ?」

ホーッホッホッホ!!

244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2008/03/02(日) 03:41:34.71 ID:O2wowKnOO
これで、喪黒福造の仕事は終いさ。
書き溜めたネタも使い果たしてしまったよ、しかし、楽しんでくれたなら何より


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