30人いる!

146 名前:30人いる! その401 sage 投稿日:2009/06/17(水) 21:09:48 ID:???
第16章 笹原恵子の慟哭

ここまでの所、恵子は普段の彼女からは考えられない、細部にまで渡るこだわりを見せて、撮影を進めて来た。
現視研の面々も、ノリにノッて撮影に臨んで来た。
しかしその一方で、彼女のこだわりに対し、多少の不満が無い訳でも無かった。
何しろNGがとてつもなく多いので、なかなか進まない。
それに加え、思い付きによる追加シーンも多いので、その準備担当者の強いられる労苦は半端ではなかった。
(中でもコス担当の日垣は撮影期間中、数度の徹夜を経験することになった)
そんな不満が、あるシーンの撮影の際、遂に表面化した。

問題のシーンは、ケロロ小隊とベムの戦いで、ケロロがベムと戦うシーンだ。
遂にケロロが自らベムに立ち向かおうとしたその時、ベムが錬金術でバナナの皮を生成してポイ捨て、つい反応してそれに向かってケロロが走り、すっ転ぶという流れだ。
(注釈)
ケロロはバナナの皮を見ると、芸人魂に目覚めてしまい、ついついすっ転ぶべく、バナナの皮を踏みに走ってしまう習性がある。

撮影前、スタッフは撮影現場の造成地の地面を浅く掘り、3枚の畳を埋め込んだ。
周囲の地面と同じ色に塗られている上に、その上に軽く土を撒いてあるので、畳が埋まっているようには見えない。
そこにバナナの皮を置き、荻上会長扮するケロロが走り込んで来て、畳の上でコケを決めようという訳だ。
わざわざ畳を埋め込んだのは、いくら受身の特訓をしたとは言え、所詮付け焼刃だからだ。
硬い土の地面での受身は、柔道やレスリングの熟練者でもきつい。
ましてや荻上会長は、滑って大きく前に両脚を振り上げて、跳び上がって背中から落ちるようにして受身を取るから、なおさらである。



147 名前:30人いる! その402 sage 投稿日:2009/06/17(水) 21:10:59 ID:???
このシーンでもまた、恵子のリテイク地獄は続いた。
荻上会長は、何度も何度も派手に滑ってすっ転び、ハードな受身を取るが恵子はOKを出さない。
恵子「わりい、何て言うのかな、姉さんのコケさあ、コケるんじゃなくて、受身を取りに行ってるように見えちゃうんだよな」
豪田「そんな無茶ですよ、監督!荻様はプロのスタントマンじゃないんですから!」
恵子「んなこたあ分かってるよ。でもさあ、何て言うか…(荻上会長に)すまね姉さん」
沢田「でもこのままじゃ、荻様が持たないですよ」
恵子「んーしゃあねえな、1回休憩行こうか」
10回目のNGを出したところで、恵子は休憩を宣言した。
恵子「あたしゃトイレ行って来るから」
伊藤「監督、車出しましょうかニャー?」
恵子「いいよ、テントでやるから」
浅田と岸野が作った簡易トイレは、当初はほとんど男子専用になっていたが、この頃には女子もこだわらずに使う者が多くなっていた。

荻上会長は、ケロロのスーツを脱いで、ビキニ姿で横になって休憩していた。
貧乳とは言え、普段なら男子ハアハアものの光景だが、汗まみれで息も絶え絶えで、疲労の色の濃い彼女を見て、男子たちもその気にはなれないようだ。
荻上「ごめんねみんな。私が上手く出来ないばっかりに、長引いちゃって」
豪田「そんな、荻様のせいじゃないですよ」
沢田「そうですよ、ちゃんとコケられてると思いますよ、私は」
荻上「でも恵子さんは、何か足りないと感じたのよね。やっぱアニメのケロロみたいに、5メートルぐらい舞い上がって、回転しながら落ちなきゃダメかな?」
巴「いや、それ無理ですし…」
荻上会長は、先ほど脱いだばかりの、ケロロスーツを着込み始めた。
国松「会長、まだ休んでた方が…」
荻上「これ着てみれば、何か分かるかも知れないと思ってね」



148 名前:30人いる! その403 sage 投稿日:2009/06/17(水) 21:12:01 ID:???
有吉「いくら何でも、やり過ぎじゃないかな、監督」
神田「まあ確かに、ちょっとこだわり過ぎかもね」
豪田「荻様は、連載開始を控えた大事なお体なんだから、これ以上過酷な受身するのは考えものね」
国松「でも監督は、いい作品作りたいからこそ、細かいとこまてこだわってるんだし…」
沢田「そのせいで日垣君、もう何回も徹夜してるじゃないの」
日垣「俺はいいよ。こういうことで徹夜するのは、嫌いじゃないし」
浅田「俺はいい作品撮りたいから、監督のやり方には賛成だけど…」
岸野「ただ撮影だだ遅れで、編集間に合うか気が気じゃないけどね」
巴「監督決まった時、まさかここまでこだわりの演出やるとは、思わなかったもんね」
伊藤「そうそう、監督ならもっとお気楽にざっとやっちゃうと思ってたニャー。もう少し適当にやってくれればいいのにニャー」

「何だよ、それ…」
一同が振り返ると、恵子が戻って来ていた。
怒気をはらんだシリアスな顔の恵子に、固まる一同。
「お前らオタクって、どうでもいい細かいことでも、こだわって徹底的にやるんじゃなかったのかよ。それがお気楽で適当って何だよ?」
痛いとこを突かれ、言葉も無い一同。
その時、恵子の目から、池上遼一の漫画のような、太い涙がこぼれた。
思わぬ涙にたじろぎ、オロオロする一同。
「あたしさあ、これでもお前らのこと、ちょっと尊敬してたんだよ。飽きっぽくて根気無いあたしと違って、お前ら漫画やアニメに夢中で一生懸命でさ…」
涙声になって、続きが言えなくなる恵子。
さらにオロオロする一同。
やがて恵子は顔を上げて、きっぱりと言った。
「分かった。あたしゃもう降りる」
一同「えっ!?」
恵子「もう監督なんて辞めた。あとはお前らで勝手にやれよ」
そう言うと、恵子は皆に背を向けて歩き出した。



149 名前:30人いる! その404 sage 投稿日:2009/06/17(水) 21:13:20 ID:???
その恵子の前に、立ちはだかる人影があった。
人影は左手で恵子の眼鏡を外すと、右足を大きく後ろに引き、左足を高く振り上げながら、上体を大きく右に捻った。
そして次の瞬間、左足を力強く振り下ろしつつ、上体を一気に左に捻り、右腕を振り上げ、その拳を投げつけるように前に突き出した。
こうして恵子の頬に、ピッチングフォームのように大振りだが、豪快な右ストレートが叩き込まれた。
恵子は5メートル近くも吹き飛び、撮影用の岩型のクッションに激突した。
クッションは元々は羽毛布団だったらしく、激突のショックで破れた瞬間、派手に羽毛をばら撒いた。
この間、呆然として誰も動けなかった。

殴った人影こと、荻上会長はゆっくりと恵子に近付いた。
そして恵子の前に立ち止まり、仁王立ちになって声を上げた。
「勝手なこと言ってんじゃないわよ!ここまで好き勝手に作っといて、今さら監督降りられると思ってるの!?」
荻上会長は恵子の胸ぐらを掴み、さらに続けた。
「第一あんた、私との勝負から逃げる気なの?」
一同「勝負!?」
荻上「そう、今日の撮影は、恵子さんと私のガチンコ勝負よ。(恵子に)だからこの勝負から逃げることは絶対に許さない!」
荻上会長は恵子から手を放すと、右手の人差し指を頭上に掲げた。
一同「?」
荻上「あと1回、あと1回で決めてみせるから、もうひと勝負付き合いなさい!」
一同が呆然と固まる中、恵子が突如爆笑した。
荻上「なっ、何がおかしいのよ!?」
恵子「ごっ、ごめん姉さん。だってさあ姉さん、その格好で、東北弁で言われてもさあ…」
そう、荻上会長は、ケロロスーツを着用したままであり、しかも興奮していた為に、東北弁になっていたのだ。
実は彼女の台詞は、作者が東北弁に自信が無い為に、標準語で書かれていただけであった。



150 名前:30人いる! その405 sage 投稿日:2009/06/17(水) 21:14:41 ID:???
恵子「分かったよ、姉さん。あたしの負けだ。監督は最後までやるよ」
一同「監督!」
恵子「すまねえ、あたしも煮詰まってたから、ついキレちまった。もう弱音は吐かねえよ。さあ撮影続行だ!」
一同「はいっ!」
神田「でも会長、ほんとに1発で決められるんですか?あれだけNG連発だったのに…」
荻上「大丈夫、休憩中に構想はまとめたわ。(右手の親指を突き出し)まかせなさい!」

伊藤「それではシーン25-C、ケロロの突撃の本番を再開しますニャー」
恵子「3、2、1、用意、スタート!」
バナナの皮に向かい、荻上会長はダッシュする。
そしてバナナの皮を踏み、上に脚を放り出すように滑る。
前までは、そこで背中から落ちて行くが、今回はここからが違っていた。
滑って足を振り上げる勢いを利用して、荻上会長はそのままバク転のように回転してクルリと裏表引っくり返り、空中でうつ伏せの体勢になった。
そしてうつ伏せのまま、顔から地面に突っ込むように落ちて行き、地面にダイビングヘッドバット(と言うよりダイビング顔面ヘッド)を打ち込むような形になった。
『怖がるな、私!校舎の屋上から飛び降りること考えたら、たかが1メートルやそこら落ちることなんて、どうということ無いさ!』
着地の瞬間、荻上会長の脳裏に浮んだのは、坊主頭で猿顔のサッカー少年だった。
数秒の間を置いて、恵子は高らかに宣言した。
「オッケー!」
会員たちは、拍手と歓声を上げた。

帰り道にて。
大野「それにしても荻上さん、凄いパンチ力でしたね」
朽木「まあパンチ力は、握力×体重×スピードですからなあ。おそらく荻チンは、握力で体重が軽いのを補ったのでしょう」
荻上「(クッチーの前腕部を両手で握り締め)私は花山薫ですか!?」
朽木「にょ〜握撃!」



156 名前:30人いる! その406 sage 投稿日:2009/06/21(日) 21:12:02 ID:???
それからの数日間、撮影は順調に進んだ。
野外での撮影の合間に、屋内での特撮シーンや、笹原出入りの出版社にロケしての、秋ママの近況報告シーンなど、着々とスケジュールを消化して行った。
懸案だった、ラストの木っ端微塵になった日向家でのシーンの撮影も、この頃に近所の解体中の家の持ち主と解体業者との交渉が成立し、無事終了した。
(恵子の思い付きで、夏美のパワードスーツを急遽作らせたので、またも日垣は徹夜だったが)
そしていよいよ、クランクアップの日となった。

最後の撮影は、ベムを撃つギロロと、撃たれたベムのショットであった。
当初ギロロのフルオート射撃は、フレームの外から紐等で銃を抑えて撮影する予定だった。
体格の割に体力のある国松でも、モデルガンの自動小銃や短機関銃のフルオート射撃で、片手撃ちで制御することは難しいからだ。
(フルオート射撃では、銃本体の3分の1から4分の1程度のウェイトを占める、遊底部が高速で連続で前後運動する為、大した反動の無いモデルガンでも制御は難しい)
だが恵子は、ギロロが銃2丁でフルオート射撃するのを、きっちりとフレームに入れることにこだわった。
そこでギロロ役の国松が、クランクアップギリギリまで、片手でのフルオート射撃の特訓を強いられた訳である。

一方ベムが被弾するシーンの撮影は、実際に着ぐるみに弾着を仕込んで行なわれた。
(弾着と言っても、モデルガン用の火薬を着ぐるみに埋め込み、スイッチで電気を通して加熱して発火する、簡単な仕掛けだが)
着ぐるみはラテックス製なので、熱に弱い。
その為弾着を仕込んで発火させれば、どの程度破損するか、やってみないと分からない。
場合によっては1回の撮影で、着ぐるみが修復不可能なオシャカ状態になるかも知れない。
そこで撮影の1番最後に持って来た訳である。



157 名前:30人いる! その407 sage 投稿日:2009/06/21(日) 21:14:10 ID:???
先ずシーンナンバー25-A、ギロロの射撃シーンから撮影された。
この撮影に際し、MP5(世界中の特殊部隊で使われている短機関銃)やM16(アメリカ軍が使用する自動小銃)等の、様々な短機関銃や自動小銃のモデルガンが用意された。
どの銃の銃口にも、サイレンサー状のアタッチメントが付いていた。
日垣が作った、銃火を出す為のアタッチメントだ。
モデルガンは、火薬を使って発火させることで、自動式銃の排莢を再現出来るが、銃口から出るのは煙と小さな火花程度だ。
ついでに言えば、銃声も本物に比べれば小さい。
そこで花火を仕込んだアタッチメントで、銃火を出そうという訳だ。
(銃そのものを改造することは、法律で禁じられている)

スタートの合図で、ギロロ役の国松は次々と銃を2丁ずつ持ち、ダブルの腰だめ片手撃ちでフルオート射撃して行った。
両手で持って撃ったのは、最後に撃ったM60機関銃だけであった。
幸いどの銃も、ジャミング(排莢不良)等のアクシデントは無く、無事に発射出来たので、撮影は1発オッケーであった。

そして午後に入り、いよいよラストショットのシーン25-B、ギロロの射撃を受けるベムの撮影となった。
今回は着ぐるみを身に着ける前に、クッチーはぶ厚いボディーアーマーを着込んだ。
これもまた小野寺が寄贈した品で、通常の防弾チョッキと違い、特殊樹脂の詰め物によって、物理的に弾丸を防ぐタイプの軍用ボディーアーマーであった。
この上から、日垣の手製の弾着を仕込んだベムの着ぐるみを着て、弾着の発火の衝撃を軽減しようという訳である。
(注)通常の防弾チョッキは、薄いケブラー繊維等の防弾材を幾重にも重ねて、弾丸が命中した際に繊維が絡み付くことにより、弾丸の進入を防ぐ。
その為、拳銃弾や散弾は防げても、高速のライフル弾は防げないので、ライフル弾主体の戦場では役に立たない。



158 名前:30人いる! その408 sage 投稿日:2009/06/21(日) 21:16:21 ID:???
伊藤「それではいよいよシーン25-B、被弾するベム1号の本番を始めますニャー」
この頃には、それなりに睡眠時間を確保出来るようになったせいか、以前の顔のフォルムを取り戻し始めていた恵子が、最後の号令をかけた。
「うっしゃあ!3、2、1、スタート!」
カメラが回り始めてきっかり3秒後、日垣はベムの着ぐるみにセットされた、弾着の点火スイッチを押した。
(2つのカメラで撮影した内の1つは、逆回しに再生することで、撃たれたベムが復活するシーンに使われる為、これだけの間を置いたのだ)
機銃掃射に似た、爆音の連打が造成地中に轟いた。
最後ぐらいは派手に決めたいというクッチーの要望により、テストの時より火薬を若干増量したせいもあってか、日垣の予想以上の火と煙と音が上がった。
「にょおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
クッチーは雄叫びを上げ、体を捻ったり手を上下させたりしつつ、立ったままのたうち回り、やがて見得を切ったようなポーズで静止した。
「カット!」
恵子の号令に、注目しつつ固まる一同。
数秒の間を置いて、恵子は高らかに宣言した。
「オッケー!」
現視研の面々は、歓声を上げて拍手した。
そして一行は、先ほどのポーズのまま固まっている、クッチーに近付く。
神田「クッチー先輩お疲れ様、もういいですよ」
だがクッチーは、相変わらず固まったままだった。
日垣「あれっ?(マスクを外す)大変だ!朽木先輩、立ったまま気絶してる!」
一同「何ですと〜!」
アンジェラ「私が人工呼吸するあるね」
伊藤「いやこの場合、人工呼吸は関係無いですニャー」
スー「ならば自分がテリオスを」
浅田「衝撃で気絶してる人間に、さらに衝撃加えたら死んじゃうって」
巴「じゃあ私が殴るってのも無し?」
有吉「今回はやめた方がいいね」



159 名前:30人いる! その409 sage 投稿日:2009/06/21(日) 21:19:28 ID:???
クッチーへの対応を巡って議論が続く中、恵子は静かにクッチーに歩み寄った。
一同「?」
そして苦悶の表情で固まり、気絶しているクッチーと向かい合い、少し背伸びして、クッチーのうなじに両手をかけ、一気に下に引き降ろし、唇を重ねた。
一同「アッ―――!!!!!」
恵子はただキスをしただけでなく、思い切り舌を入れていた。
それがクッチーの再起動スイッチとなった。
「にょおおおおおおおおおおお!!!!!」
大慌てで恵子から離れるクッチー。
朽木「わわわ、わたくしはいったい…?」
恵子「(微笑んで)ご褒美だよ、よく頑張ったなクッチー。(会員たちに)それはそうとお前らさあ、何でそこでアッー!なんだ?」
一同「それはそのう…」
スー「押忍!おそらくみんな、監督を笹原先輩に脳内変換して、笹原×朽木と妄想していたのでしょう」
一同「スーちゃん!」
怒りの形相で迫る恵子。
恵子「お前らああああああああ!!!!」
一同「きいいいいいいいいいいいやあああああああああああああ!!!」
恵子と会員たちとの激しい鬼ごっこと共に、遂に現視研の映画はクランクアップとなった。

帰り道にて。
朽木「それにしてもベムの着ぐるみ、見事に木っ端微塵ですのう」
台場「困ったわねえ、これじゃあベムはこの後の宣伝活動には出られないわね」
沢田「まだやる気だったんだ、着ぐるみでの宣伝…」
台場「当然!」
日垣「その点なら大丈夫だよ。こんなこともあろうかと、ベムの胴体は石膏で型取ってあるから、3日もあれば修復出来るよ」
有吉「さすが日垣君、まるで真田さんだな」
朽木「どうやら僕チン、まだまだスーツアクターは引退出来ないようですのう」




逆噴射J ◆lW31l/VtQc mirrorhenkan