30人いる!

529 名前:30人いる! その24 sage 投稿日:2007/07/29(日) 15:26:27 ID:???
第2章 笹原恵子の宣言

「無理無理無理!そんなのぜってえ無理だって!あっそうだ、くじ引きもう1回やり直そう!なっ!」
案の定、恵子は駄々をこねた。
どこからともなく取り出した算盤を机に叩きつけつつ、台場は言い放った。
「くじ引きに2度目はありません!」
『うわあ、晴海のやつ目がマジだ…』
たじろぎつつも、恵子はさらに反論を重ねる。
「なあ、お前ら冷静に考えてみろよ。あたしゃお前らと違ってオタクじゃないし、映画なんて作ったこと無いし、それ以前に昔から映画なんてあんまし見てないし」
国松「大丈夫ですよ、恵子先輩。全員映画作りは初めてですし」
藪崎「千里、それフォローなってへんで」
国松「それに映画作りの基礎なら、私がお教えしますよ。どのみち今日はその積もりで、映画の作り方の本たくさん持って来ましたし」
国松は自分の小さなリュックサック(一般人の女の子が持っているような、オタクっぽくないやつだ)から、十数冊の本を出して机の上に積み上げた。
全部積み上げると広辞苑で4〜5冊分ぐらいの厚さになった。
一同『どうやってあの小さなリュックに、あれだけの本を入れたんだ?』
恵子「あのなあ千里、あたしゃお前らと違ってバカなんだよ!お前らうかったこの大学、あたしゃ落ちたんだよ!そんなに本たくさん読める訳ねえだろ!」
国松「えーとそれじゃあ…」
国松が考え込んだその時、今度は珍客が訪れた。
「うぃーす」「こんにちは」
春日部さんと高坂だった。



530 名前:30人いる! その25 sage 投稿日:2007/07/29(日) 15:31:31 ID:???
荻上「こんちわ。珍しいですね、お2人揃って」
卒業後もちょくちょく部室に顔を出していた春日部さんだったが、夏に自分の店がオープンしてからは1度も来ていなかった。
高坂も新作ゲーム作りにかかっていたので、同じ頃から来ていない。
春日部「うちの店の女の子が交通事故に遭っちゃって、この近くの病院に入院してるのよ。今日はそのお見舞い。そんでついでにちょっと顔出しとこうと思ってね」
台場「高坂先輩もですか?」
春日部「その子ね、採用してから分かったんだけど、実は高坂のいとこだったのよ」
沢田「それでご一緒にお見舞いを?」
春日部「まあその帰りに、ついでにデートだけどね」
よく見れば、2人とも単なるお見舞いにしては、地味ながらお洒落な格好だ。
高坂「先月は2人とも休み無しだったからね。咲ちゃんは店が開いたばかりだったし」
春日部「高坂は新作ゲーム作りで仕事場にこもってたしね。だから少しでも2人とも時間空いてる時狙って会おうって訳」
言いながら春日部さんは、チラリと恵子の方を見る。
ちょっと恵子の前でイチャつき過ぎたかなと、軽く反省する。
だが恵子は沈み込んでいて2人に反応しない。
春日部「何かあったの?」
荻上「今度の学祭で、うち映画作ることになったんです」
春日部「そう言やそんなこと言ってたな。私金出したし」
台場「ハハハ、春日部先輩ごっつぁんです」
荻上「それで監督を恵子さんにやってもらうことになったんですけど…」
高坂が恵子に近付く。
高坂「(満面の笑みで)監督やるの?!凄いね恵子ちゃん!」



531 名前:30人いる! その26 sage 投稿日:2007/07/29(日) 15:35:30 ID:???
高坂のことはとっくの昔にあきらめた恵子だったが、彼の明るく端正な笑顔にはどうしても惹きつけられてしまう。
そしてそれがもはや条件反射の域にまで達していた恵子は、つい愛想よく応えてしまった。
「そーなんですよー!もーみんなあたしだけが頼りだって言うもんだから!」
高坂「がんばってね」
恵子「はいっ!笹原恵子、がんばりまーす!」
言いながら恵子は、自分が猛スピードで地雷原に向かって走り始めていることを自覚し、自らの行為に恐怖した。

一方春日部さんは、今の恵子の舞い上がり方が明らかに高坂に誘導されてのものと看破し、このままやらせていいものかどうか心配になった。
そこで恵子の真意を確かめる為に、わざと意地悪く言い放った。
「お前が映画の監督?無理無理、出来る訳ねえじゃん」
恵子「(ムッとして)なっ、何だよ姉さん、その言い方!出来るよ!たかが映画の監督ぐらい!この笹原恵子様の手にかかったらちょろいもんよ!」
春日部「じゃあ本当にやるんだな、監督?」
恵子「やるよ!やりますよ監督!見てなよ姉さん!すんげえ傑作作ってやっかんな!」
言いながら恵子は、自分が地雷原に向かってさらにアクセルを踏み込んでしまったことを自覚し、内心泣きそうだった。
『つーか、チビりそう…』



532 名前:30人いる! その27 sage 投稿日:2007/07/29(日) 15:39:05 ID:???
恵子は不意に、背後に強烈な違和感を感じて振り返った。
1年生たちが、キラキラした目で恵子を見ていた。
恵子『なっ何だ、そのキラキラした目は?やめろ!そんな期待の目であたしを見るな!』
だがその時、国松が目に涙を浮かべて恵子に突進して抱き付き、ダメ押しの言葉をかけた。
「ありがとうございます、恵子先輩!いや、恵子監督!」
恵子は自分の退路が全て地雷原と化し、もはや前進し続ける以外の進路は無いと悟った。
『ちょっとチビったかも…』

その後30分ばかり、夏コミの話やらOBたちの近況報告やらといった雑談を交わしてから、春日部さんと高坂は部室を後にした。
後に残ったのは、監督も決まってにわかに活気付いた会員たちと、頭上に木星でも乗ってるかのごとく沈み込んでいる恵子だった。
「えれえことになっちまった…」
国松が励ました。
「安心して下さい。この本全部読んだら、映画の作り方ぐらいすぐ分かりますから」
広辞苑のような分厚い本の束は、恵子のブルーな気分をマリアナ海溝の底まで沈めた。
荻上「だから国松さん、恵子さんはそういう文字で学ぶのは苦手なんだってば」
いつもなら「あっ、ひでえ姉さん」とか言い返す恵子だが、今はその気力も無い。
チト放って置き過ぎたかと反省する荻上会長。
だがその一方で荻上会長は、今回のことは恵子が現視研と自分との関わりを見つめ直すいい機会になるかも知れないと考え、しばらく状況を静観することにした。



533 名前:30人いる! その28 sage 投稿日:2007/07/29(日) 15:42:12 ID:???
国松「本読むの苦手となると、えーと…何か実践的な方法がいいですね」
スー「押忍、僭越ながら自分、ひとついい方法を知っているであります!」
荻上「どんな方法?」
スー「押忍、かつて淀川長治先生は、同じ映画を10回見れば映画監督になれると仰ったそうであります!」
浅田「何で淀川さんなんて知ってるんだ?」
有吉「確かあの人って、10年ぐらい前に亡くなってないか?」
ちなみに淀川先生が亡くなったのは98年なので、正確にはこの時点で8年前だ。
藪崎「ほんまかいな、それ?何か眉唾な話やな」
加藤「いやその話、聞いたことあるわ。『オネアミスの翼 王立宇宙軍』の山賀博之監督が本当にそれやったらしいわよ」
藪崎「ほんまですか、それ?」
加藤「ちなみに山賀監督が10回見たのは『がんばれベアーズ 特訓中』だったそうよ」
藪崎「よう分からん選択基準やな」
スー「押忍、ちなみに自分、映画解説者は個人的には荻昌弘の方が好きであります!」
浅田「だから何で荻昌弘なんて知ってる?あの人だいぶ前に亡くなったし、月曜ロードショーなんてもうやってないぞ」
藪崎「あんたこそ18かそこらで、何でそんな古い話知ってんねん?」
ちなみに荻先生が亡くなったのは88年なので、正確にはこの時点で18年前だ。
荻上「はいはい、脱線はそのぐらいにして、第1回笹原恵子総監督養成会議に戻るわよ」
加藤「ヤブ、私たちも原稿に戻るわよ」
藪崎「はいなっ」







534 名前:30人いる! その29 sage 投稿日:2007/07/29(日) 15:48:21 ID:???
国松「要は10回同じ映画を見れば、カメラアングルとかカット割りとか、シーンのひとつひとつの演出的な意図が分かるってことだと思うわ、淀川先生の言葉って」
沢田「確かにそれやりながら千里が解説すれば、映画のいろはを手っ取り早く学べそうね」
恵子「おいおい冗談はよせよ。映画10回って言えば、軽く20時間以上はあるじゃねえか。あたしに丸1日映画見ろってのか?」
スー「冗談デハナイ!」
神田「スーちゃん、この場合はその台詞、使い方間違ってるよ」
国松「大丈夫ですよ。短めの映画ご用意しますから」
国松は自分のリュックから、ケースの表示が手書きのDVDを十数枚出した。
市販品ではなく、自分で録画し直したオリジナルDVDらしい。
全部積み上げると、ちょっとしたDVDボックスぐらいはある。
巴「千里、あんたいつもそんなの持ち歩いてるの?て言うか、よくその小さなリュックに入ったわね」
国松「いつもはもっと少ないけど、今日は資料になりそうなのも見繕って持って来たから、ちょっと多い目なの」
巴「てことは、何枚かはいつも持ち歩いてるんだ…」
国松はDVDを1枚1枚確認しつつ何か探しているようだった。
やがて1枚のDVDを取り出した。
国松「やっぱ初心者さんにはこれでしょ?」
国松はテレビのスイッチを入れ、DVD レコーダーにDVDをセットした。
恵子「何見せる気だよ?」
国松「まあ見てて下さい。あっ、短いから安心して下さい。96分ですから」
脳内の算盤をフル回転させた後、台場は呟いた。
「それでも10回だと16時間ぐらいかかるんだけど…」



535 名前:30人いる! 次回予告 sage 投稿日:2007/07/29(日) 15:58:17 ID:???
うわあ、残り27KBかい。
こりゃ次回は次スレだな。
そんなことより次回の予告。

遂に監督就任を決意した恵子。
この先彼女を待つのは、いかなる試練なのか?
果たして彼女を待つ10回観賞会用映画とは何か?
いよいよ次回、冒頭の謎の映画の正体が分かる!

何、もう分かってるって?
まあそう言わず、付き合って下さいな。
「わあ何だろう、全然分かんないよ、楽しみだなあ(棒読み)」とか言いつつ。

という訳で今回はこれまで!
スレ立てやってみるので感想とか短いのはいいけど、長編の投下はしばしお待ち下さい。


逆噴射J ◆lW31l/VtQc mirrorhenkan