- 30人いる!
- 166 名前:30人いる! その410 sage 投稿日:2009/06/26(金) 22:19:12 ID:???
- 最終章 笹原恵子の明日はどっちだ?
撮影が終わり、全ての機材を撤収して部室に運び終える頃には、夜になっていた。
現視研一行は、そのまま打ち上げパーティーも兼ねて、ミーティングを始めた。
有吉「それじゃあジュースしかありませんけど、とりあえず乾杯ということで。会長、乾杯の音頭をお願いします」
荻上「えーと…それじゃあみんな、ほんとお疲れ様でした!」
一同「お疲れ様でした!(乾杯する)」
みんながワイワイする中、しんみりしてる浅田と岸野のコンビ。
巴「どしたの?」
浅田「いやあ、ようやく撮影は終わったけど…」
岸野「これからのこと考えるとね…」
神田「あっそうか、今日でもう学祭まで、ちょうど2週間だもんね」
藪崎「現像の方、はよ返って来ても1週間から10日、最悪で2週間ぐらいって言うてたな」
浅田「今までに撮影した分は、随時現像に出してますから、5割ぐらいは編集も完成してますけど…」
岸野「今日の分は、最悪間に合わないかも知れません」
恵子「すまねえな、あたしが撮影長引かせちゃったせいで」
浅田「監督のせいじゃありませんよ。それも承知の上で、俺たちも突っ走ったんだし」
岸野「ただ国松さん、すまないけど今回ばかりは、最悪ビデオ版での上映になるかも知れないのは、覚悟しててくれないか」
特撮オタゆえに、8ミリに最もこだわった国松に、岸野は理解を求めた。
国松「(やや固い笑顔で)私は構わないわよ。そりゃ8ミリで上映出来るに越したことはないけど、先ず何よりも、学祭で上映することが最優先事項だし」
「えらい!よく言った千里!」
言いながら、国松をハグする豪田。
国松「むぎゅっ!」
アンジェラ「私もハグするあるね」
巴「次は私ね」
荻上「こらこら、その辺にしときなさい」
- 167 名前:30人いる! その411 sage 投稿日:2009/06/26(金) 22:20:37 ID:???
- 浅田「まあとにかく、8ミリの方の編集は、最悪徹夜になりそうだな。何日徹夜になるかは分からんけど、俺たち生き残れるかなあ」
岸野「短かったけど、楽しかったなあ…」
そんな後ろ向きな覚悟を決めた2人に、恵子はダブルヘッドロックを食らわせた。
恵子「こらこら、お前らだけで抱え込むな」
台場「そうよ、私だって光学合成(?)担当で、何度もフィルムいじってるから、手伝えるわよ」
有吉「そうだよ。第一編集終わってからでないと、どのみちアフレコも出来ないし」
アンジェラ「てゆーか連帯責任?」
沢田「みんなで手分けして探せば、編集機材だって数集められるから、そんなに悲観しなくていいわよ」
浅田「みんな、ありがとう」
岸野「そうだね、みんなでやれば何とかなるな」
恵子「よしっ、明日から綾が言ったように、みんなで編集の道具集めようや」
一同「はいっ!」
国松「あとそれと並行して、ビデオの編集とアフレコも進めて行きましょう」
浅田「そうだな、ビデオの方は7割以上編集仕上がってるから、後は今日の分も追加して、特殊効果入れたら、すぐアフレコにも掛かれるし」
伊藤「上手く行けば、ビデオのアフレコの音を8ミリ版に、まんま流用出来ますニャー」
岸野「だな。よし、だいぶ光明が見えて来たぞ」
その後1時間ほど話し込んで、一同は解散し、各々帰宅し始めた。
沢田「(岸野がフィルムを戸棚に仕舞うのを見て)あれっ?岸野君、今日撮ったフィルム、置いてくの?」
岸野「ああ、今日写真屋休みだから、朝一でここに寄ってから持って行くよ」
日垣「家から直で持って行った方が早くない?」
岸野「こういう時って、つい悪い可能性を考えちゃうんだよ。俺、心配性だから」
一同「?」
岸野「もし今夜うちが火事になったら困るからね。アパートだから、もらい火って可能性もあるし。その点ここなら火の気が無いから、うちのアパートよりは安全だ」
- 168 名前:30人いる! その412 sage 投稿日:2009/06/26(金) 22:22:11 ID:???
- そして次の日の朝。
途中で一緒になった、神田と日垣と国松、そして何故か朝から弁当を持った斑目が部室に入ってみると、浅田と岸野が既に来ていた。
2人とも、呆然とした表情で、固まって座っていた。
2人の前のテーブル上には、フィルムのリールが置かれていた。
国松「どしたの?」
浅田は黙ってフィルムを指差した。
国松「これがどうかしたの?」
岸野「見てごらん、光にかざして」
言われた通りにフィルムを蛍光灯にかざす国松、いきなり大声を上げる。
「こっ、これって!?」
神田「千里、どうしたの?」
国松「これ、昨日撮影したフィルムよ!」
神田・日垣「えー!?」
斑目「あの、どういうこと?」
日垣が事情を説明し、斑目も驚きの声を上げる。
斑目「何が、あったの?」
岸野「今朝フィルムを現像に出す為に部室に寄ったら、見ての通りの状態だったんです」
浅田「しかもこんなもんと一緒にですよ」
浅田は手に持ったままになっていた、手紙を4人に差し出した。
手紙にはこうあった。
「事情は聞いたよ。知り合いに現像が出来る人が居たので、大急ぎでやってもらった。映画頑張ってね」
手紙を見つめていた斑目が、ぼそりと言った。
「この字、どっかで見たような記憶が…」
浅田「誰なんですか?」
しばし考え込んだ斑目、やがて叫んだ。
「分かった、初代会長だ!」
- 169 名前:30人いる! その413 sage 投稿日:2009/06/26(金) 22:23:26 ID:???
- 一同「初代会長!?」
1年生たちは、1度だけ面識のある、特徴ある初代会長の姿を思い浮かべた。
日垣「でも何で初代会長が?」
国松「ほら、前に仰ったように、私たちのことをずっと見守ってて下さったのよ。そして私たちがギリギリまで頑張って、どうにもならないと思って、助けて下さったのよ」
浅田「でもそれなら、なんで俺たちの前に姿見せて下さらないんだろ?」
「きっと初代会長にも用事があるんだよ」と、無難で常識的な答えを斑目が口にしようとしたその時、それを遮るように神田がトンデモ発言をやらかした。
「これが初代会長の最後の戦いだからよ!」
一同「最後の戦い?」
神田「そう、もう初代会長は、故郷の星に帰らなければならないのよ!」
唖然として固まる一同。
「あっ、あの神田さん…」
そう言いかけたその時、斑目は神田の目が、イッちゃってることに気が付いた。
『この目はもしや、可符香の目?まさか神田さん、妄想エンジンが発動したのか!?』
そしてただ1人、国松だけは神田の妄想にマジで敏感に反応した。
国松「と言うことは、まさか初代会長、今までの戦いのダメージのせいで、脈拍360、血圧400、体温90度の最悪の状態になっちゃったのかしら?」
こける男子一同。
斑目「なっ、何なのそのあり得ない数字?」
日垣「『ウルトラセブン』の最終回の、モロボシダンの身体データですよ」
国松「初代会長は、死んで帰って行くのかしら?もしそうなら、私たちのせいだわ」
ウルウルとなる国松。
斑目「いやあの国松さん、初代戦ってないし、そもそも宇宙人じゃないし…」
そう言いつつも、初代会長なら宇宙人でも不思議ではないと半分思ってるせいか、つい声が小さくなってしまう斑目であった。
だがそのことを抜きにしても、妄想時空にどっぷり浸かった女子2人には、彼の声は届かなかった。
- 170 名前:30人いる! その414 sage 投稿日:2009/06/26(金) 22:25:06 ID:???
- 神田は国松の肩に手を置いて、マジ顔でこう答えた。
「大丈夫よ。初代会長は、新たな戦いに参加する為に帰るんだから」
国松「新たな戦い?」
神田「平和な故郷の星に、侵略者の魔の手が迫っているの。だから彼は、故郷を守る為の戦いに参加するのよ」
再びこける男子一同。
浅田「いつそんな設定が出来たんだ?」
日垣「これは『帰ってきたウルトラマン』の最終回が元ネタだよ」
神田の妄想の波状攻撃に、どうしていいか分からなくなった男子一同を置き去りにして、女子2人はクライマックスに達しようとしていた。
国松の目から、「ぶわっ」という擬音が似合いそうな、大粒の涙がこぼれた。
そして部室の外へと走り出る。
神田「千里、どこ行くのよ!?」
国松を追って、神田も外へと急いだ。
男子一同も後に続く。
「ひとつ!腹ペコのまま学校へ行かぬこと!」
一同が部室の外に出ると、国松は涙を流しながら、空に向かって叫んでいた。
「ひとつ!天気のいい日にふとんを干すこと!」
斑目「あの日垣君、これって確か…」
日垣「ウルトラ五つの誓いです。『帰ってきたウルトラマン』の最終回のラストで、主人公と暮らしてた少年が、ウルトラマンを見送って叫ぶんです。こんな風に」
「ひとつ!道を歩くときには車に気をつけること!」
「ひとつ!他人の力を頼りにしないこと!」
「ひとつ!土の上を裸足で走りまわって遊ぶこと!聞こえますかー初代会長―!」
「千里…」
神田は祈るように両手を胸の前で結んで、国松を涙ぐみながら見守っていた。
そんな妄想女子2人を見つつ、斑目は心の中で初代会長に呼びかけた。
『聞こえてますかい、初代会長?あんたとうとう、ウルトラの星の住人にされちまいましたよ』
- 171 名前:30人いる! その415 sage 投稿日:2009/06/26(金) 22:27:04 ID:???
- 椎応大学の中央に位置する、最近建てられた10階建ての学棟。
その屋上に1人の男が立っていた。
小柄で、猫背で、撫で肩という、特徴ある体形。
中途半端な長さの長髪に、眼鏡をかけた犬のような顔。
その男、初代会長は、大学の敷地のはずれにある、サークル棟の屋上を見つめていた。
彼の視力でははっきり見える訳ではないが、空に向かって叫んでいる人影が見えた。
その叫びに対し、彼は独り言のようにこう答えた。
「聞こえてるよ。何か随分と、誤解を与えてしまったようだね」
その時、彼の無表情な表情が、わずかに変化した。
どうやら何かを感じ取ったようだ。
「分かってる、そろそろ出発だね。でもその前に、あの子たちにちょっとだけ…」
まるで目の前に誰か居るかのような口ぶりで、初代会長は独り言(?)を呟いた。
国松が、涙ながらに空を見上げていると、空の彼方から、声が聞こえて来た。
優しさを失わないでくれ。
弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。
例えその気持ちが何百回裏切られようと。
それが僕の最後の願いだ。
斑目「これ…初代会長の声だ!日垣君、これってもしや…」
日垣「元ネタは、『ウルトラマンA』の最終回で、エースが子供たちに残した言葉ですよ」
国松「やっぱり初代会長、私たちを見ていて下さったんだわ!(空に向かって、手を振りつつ)初代会長―!さようならー!」
神田「(空に向かって、手を振りつつ)さようならー!」
そんな妄想女子2人を呆れて見つつ、斑目は呟いた。
「またあの人は、誤解を深めるような紛らわしいことを…」
- 172 名前:30人いる! その416 sage 投稿日:2009/06/26(金) 22:28:52 ID:???
- 国松「(空を指差して)見て、みんな!」
思わず空を見る一同。
国松「初代会長よ!明けの明星の輝く頃、ひとつの光が宇宙に向かって飛んで行く。それが初代会長なのよ!」
何も見えず、愕然とする男子一同。
浅田「いや、もう明けの明星出てないし…」
岸野「それ以前に、空に何も見えないし」
男子たちが引いてる中、神田は国松の妄想に乗った。
「ほんとだ、初代会長だわ!」
国松・神田「(空に向かい)初代会長―!さようならー!」
「何が、あったの?」
来る途中で合流したらしき、荻上会長と恵子は、屋上への階段の途中で立ち止まり、屋上で繰り広げられている、不思議な光景を見ていた。
同じ頃、先程の10階建ての学棟の屋上には、もう人影は無かった。
ちなみに、この日この学棟での講義は無く、朝から学棟は閉鎖されていた。
荻上「そんなことがあったんですか。今度お会いした時に、ちゃんとお礼言わないと」
国松「そうですね。でも次に初代会長がいらっしゃる時は、また現視研がピンチの時ですから、なるべくなら言えず仕舞いになるようにしたいものですね」
荻上『この子の中では初代会長、すっかり救世主扱いなのね。まあ確かに今回はそうだけど…』
恵子「よしっ、初代さんのご好意を無駄にしない為にも、あと2週間、気張って仕上げようぜ!」
一同「おう!」
この日、八王子上空に突如所属不明の飛行物体が現れ、音速の数十倍のスピードで大気圏を脱出するのを、航空自衛隊峯岡山分屯基地のレーダーが感知した。
防衛省は事態を重く捉え、本件を極秘事項とした。
この件が、本作品と何らかの因果関係があるかは、定かではない。
- 173 名前:30人いる! 補足的おまけ sage 投稿日:2009/06/26(金) 22:34:47 ID:???
- 今回の話の少し後の、浅田と岸野の会話。
岸野「それにしても初代会長、どうやって現像やったんだろう?」
浅田「知り合いに頼んだって言うし、時間的に自家現像じゃないか?」
岸野「まあ確かに腕が良ければ、自家現像も不可能じゃないけど、やっぱり8ミリの現像は失敗の可能性高くて難しいよ。それにさあ」
浅田「それに?」
岸野「今気付いたんだけど、自家現像だとマグネコーティングが出来ないから、アフレコが出来ないんだよ」
浅田「あっ…」
岸野「ところが初代会長の残したフィルムには、ちゃんとマグネコーティングが施されていた。てことは…」
浅田「フジカラー調布現像所で現像したってことか?」
岸野「今日本でマグネコーティング込みで現像出来る施設は、あそこだけだからな。だが今あそこは、週1回水曜日に行なわれてるだけだしなあ…」
浅田「じゃあ初代会長、いったいどうやって?」
岸野「神田さんと国松さんの妄想って、案外妄想じゃなかったのかもな」
- 197 名前:30人いる! その417 sage 投稿日:2009/07/19(日) 21:01:03 ID:???
- その後、今まで遅れに遅れたことの埋め合わせのように、現視研の映画制作はサクサクと進んだ。
上手い具合に岸野は、近所の写真屋が急病で休んでいた為に、クランクアップの日の分を含めて3日分のフィルムを、現像に出していなかった。
(もしもクランクアップの翌日も休みだったら、調布のフジカラーの現像所に、直接持って行くつもりだった)
つまり初代会長は、都合3日分のフィルムを、まとめて現像してくれた訳である。
もしクランクアップの日の分を除く2日分を現像に出していたら、その2日分だけギリギリまで帰って来なかったかも知れない。
それに加え、クランクアップから5日目に、それ以前に撮影したフィルムの現像も戻って来た為、単にフィルムを繋ぐという意味では、編集は1週間で終わった。
アフレコも順調だった。
ビデオ版の編集が、クランクアップの2日後に完成しており、8ミリ版の編集中に、先にビデオに合わせてのアフレコ作業が進行していた。
クランクイン前の台本読み合わせ特訓が功を奏したのか、8ミリ版の編集の終了とほぼ同時期に、ビデオ版のアフレコは終了した。
その音源を流用したこともあって、8ミリ版のアフレコもわずか3日で終了した。
ひとつだけ問題だったのは、部室をアフレコルームにしたのだが、その際に会員たちが酸欠で倒れそうになった騒動ぐらいであった。
セットのベニヤ板と岩型マットの中の綿を使い、豪田の手により仮設防音工事を施されたのだが、あまりにも完璧に気密性を高め過ぎた為であった。
こうして現視研初制作の映画は、封切り4日前にようやく完成した。
- 198 名前:30人いる! その418 sage 投稿日:2009/07/19(日) 21:02:26 ID:???
- 編集とアフレコが終了した翌日、部室にて初号フィルムの試写会が開かれた。
映画が終わり、部屋の電気を点けてみると、あちこちで泣き顔が見られた。
豪田「あらあら千里、相変わらずウルウルしちゃって」
国松「だっ、だって、今までのこといろいろ思い出したら…」
巴「彩も号泣してるわね」
沢田「あ、改めて映画見たら、私ほんとに死にかけたんだなと思って…」
台場「まあ確かに彩、逆さ吊りになったり、空中で糸切れたり、臨死体験の連続だったもんね」
神田「それはそうと、女子2人の泣きまくりはいいとして…」
荻上「何であんたたちが、そこまで泣くのよ?」
荻上会長の言う「あんたたち」とは、男泣きに涙している男子会員一同であった。
岸野「いっ、いや映画見てたら、いろんなこと思い出しちゃいまして、つい…」
浅田「俺も、ガラス板落ちて来て死にかけたこととか、いろいろありましたし」
日垣「俺は徹夜の日々を思い出して、つい」
有吉「後半あんまし出番無かったけど、考えてみればファーストシーン僕からでしたし」
伊藤「ニャニャニャー!」
大野「こんな時までキャラ貫いてるんですね、伊藤君」
朽木「オロロ〜ン!」
大野「朽木君まで男泣きですか…」
藪崎「何や男のくせに、情けない連中やなあ」
ニャー子「ニャニャ?そう言う先輩も涙ぐんでますニャー」
藪崎「なっ、泣いてへんわい!」
加藤「ヤブ泣き上戸だからね」
そんな涙ぐむ藪崎さんを、アンジェラは無言でハグした。
藪崎「(くぐもった声で)やっ、やめ!」
だがアンジェラは、珍しく真顔で抱きしめ続けた。
藪崎さんも、黙ってハグを受け続けた。
- 199 名前:30人いる! その419 sage 投稿日:2009/07/19(日) 21:05:13 ID:???
- ニャー子「ニャッ?先輩?」
しばらくして、一同は藪崎さんが静か過ぎることに気付いた。
スーは藪崎さんの手を取り、軽く持ち上げて放し、その手がダランと落ちるのを確認して、こう言い放った。
「押忍!気絶しているであります!」
国松「アンジェラ抱きしめ過ぎ!」
アンジェラ「(手を放し)あらま、力入れ過ぎたあるね。人工呼吸で蘇生するあるね」
浅田「結局それかよ…」
そんな騒ぎの中、固まってる人物が1人。
恵子だ。
「ガラスの仮面」の北島マヤに、役の魂が取り憑いた時のような表情で、上映が終わって真っ白になったスクリーンを見つめ続け、ピクリとも動かない。
荻上「恵子さん?」
呼びかけながら荻上会長は、恵子の肩を揺すった。
恵子「あっ、ああ姉さんか」
荻上「どうしたんですか?」
恵子「いや、何て言うか、ピッタリ合ったんだ、今」
荻上「ピッタリ?」
恵子「頭ん中にあった、この映画の理想的な完成形みたいなのと、この映画とが、マジでピッタリ合ったんだよ」
戦慄する一同。
台場「会長!監督!これは行けますよ!」
有吉「おお、プロデューサーの目が燃えた!」
巴「て言うか、またもや狩る者の目に…」
その後、試写会の日も含めた、学祭までの最後の3日間、上映する会場の設営や、町にまで繰り出しての宣伝活動等で、現視研の面々は忙しく動き続けた。
監督の恵子の発言に、一同がヒットの予感を覚え、プロデューサーの台場の商魂が燃え上がったことが、その活動に拍車をかけた。
- 200 名前:30人いる! その420 sage 投稿日:2009/07/19(日) 21:07:03 ID:???
- そしていよいよ学祭当日。
斑目「おう、お前らも来てたのか?」
笹原「まあ、夕方から仕事ですけど…」
久我山「おっ、俺は休みだよ」
田中「俺も学校休みだし」
高坂「僕は昨日で仕事一段落したんで、今日はお休みにしました」
春日部「私は今日は、バイトの子総動員して、みんなに任せて来た」
田中「て言うか斑目、作業着着てるけど、普通に朝から来て大丈夫なのか?」
斑目「まあ今日は工事関係の仕事は無いからな。帰ってからまとめて事務片付けりゃいいって、社長も言ってくれてるし」
久我山「まっまるで、フレックスタイム制だな」
「みなさん、ようこそ!」
会場の入り口近くで、客引きをやっていた大野さんが、現視研OB&OGの面々に声をかけた。
ポニーテール風に髪を束ね、丸眼鏡をかけ、大野さんにしては胸の谷間を強調した服装から、それが秋ママのコスであることが推察された。
入り口はと見れば、頭のてっぺんにアホ毛を立てた有吉と、夏美専用パワードスーツを装着した巴が受付をやっていた。
つまり表は日向一家で店番という訳だ。
「うひゃあ、こりゃ賑やかだね」
斑目の言う通り、現視研初の映画作品「小劇場版ケロロ軍曹 錬金術大戦争であります!」の上映会場の前は、人だかりであった。
その主な客層は、子供たちとその親御さんたちであったが、けっこう若い観客も多かった。
斑目「(若い観客を見て)同類だな」
一同「同類?」
斑目「流派は違うが、あいつらもオタだよ」
斑目が見破った通り、彼らはアニオタや特オタのおっきなお友だちで、実写版ケロロというシュールな映像目当てにやって来たのだった。
- 201 名前:30人いる! その421 sage 投稿日:2009/07/19(日) 21:09:25 ID:???
- 久我山「そっ、それにしても子供多いね」
「近所の小学校や幼稚園を中心に、ビラ配りその他の宣伝やりましたからね」
斑目たちが背後の声に振り返ると、プラカードを持ったアルが立っていた。
コスと分かっていても、一瞬引く一同。
日垣「(仮面を取り)こんちわ、今日はみなさんお揃いですか」
各人は日垣に前述の説明をした。
笹原「ところで他のみんなは?」
日垣「あそこですよ」
そう言って日垣は、窓の外を指差した。
現視研の映画上映会場は、学棟のひとつの2階にある、講義室であった。
その学棟の1階入り口周辺の通路は広く、ちょっとした広場のようになっていた。
その広場で、ケロロ小隊役担当の面々が、呼び込みをやっていた。
ケロン人役の面々は、ビラを配ったり、様々なパフォーマンスをしている。
その傍らで、ハルマゲドンスタイルのモアことアンジェラが、ハンドスピーカーで叫んでいる。
「実写版ケロロ軍曹、ただ今上映中あるよ。てゆーか新装開店?」
斑目「相変わらずアンジェラ、微妙に間違ってるな」
高坂「あとのみんなは?」
日垣「映写機の係の浅田君と伊藤君以外のみんなは、、他のとこ見に行ったり、よそで呼び込みやったりです」
田中「もしや朽木君も?」
大野「(胸を張り)もちろんベムの着ぐるみで、やってますよ!」
笹原「うちのやつは?」
「監督なら、初回からずっと会場ですニャー」
会場から出て来た、伊藤が答えた。
笹原「ずっと?」
伊藤「こんちニャー。何か映画のどこがウケてるか、凄く気になさってたようですニャー」
笹原「あいつがねえ…」
- 202 名前:30人いる! その422 sage 投稿日:2009/07/19(日) 21:13:48 ID:???
- 一行が会場に入り、いざ映画が始まると、会場はかなり賑やかであった。
サンライズに了解を得て、映画のOPにテレビアニメのOPの「ケロッ!とマーチ」、しかも小隊ヴァージョンを使った為だ。
(なお余談だが、現在放送中のケロロ6期目の主題歌は、小隊ヴァージョン「ケロッ!とマーチ」である)
子供たちはOPに合わせて大合唱していた。
その昔、夏休みや冬休みや春休みに、本編の映画に加えて、テレビで既に放映されたアニメや特撮ドラマを併映する、興行スタイルがあった。
最近の子供向けの映画興行では、姿を消したスタイルだが、「東宝チャンピオンまつり」や「東映まんがまつり」等の、子供向けイベント興行である。
この種の興行では、既出の作品の主題歌が流れると、子供たちが一緒に合唱する光景がよく見られた。
テレビのOPの曲を使ったのは、子供の頃に父にその当時の話をよく聞かされていた、国松の提案だった。
映画そのものも、けっこうウケた。
観客は、実写で着ぐるみのケロロたちが動くシュールな画に爆笑し、一方で素人の処女作8ミリ映画にしては作り込んだアクションや特撮に唸った。
本物の劇場版アニメの場合、1時間半程度の上映時間の間、子供たちがずっと集中して見ていられるように作るのは、なかなか難しい。
どうしても、途中で騒いだりする子供が出がちだ。
だが現視研の映画は、上映時間を30分少々に抑えたせいもあって、子供たちも最後まで集中して見ていられた。
恵子は最後列で、そんな様子をマジ顔で見つめていた。
観客がウケるたびに、目を輝かせていた。
映画が終わり、笹原たちが近付くと、急に憑き物が落ちたように、赤面して立ち上がった。
「なっ、何だよ、あんたら来てたのかよ!」
赤面滝汗で、恵子にしては珍しいキョドり様だ。
- 205 名前:30人いる! その423 sage 投稿日:2009/07/20(月) 00:46:07 ID:???
- 「なっ、何だよ、あんたらヒマ人だなあ、はは、ははは…」
OB&OGの面々の、暖かい視線に耐えられなくなって、照れまくる恵子。
春日部「映画、思ったよりいい出来じゃん」
高坂「ほんとほんと、凄いよ恵子ちゃん」
斑目「俺、けっこう上手く撮れてるじゃん」
田中「コスも上手く出来てたし」
久我山「おっ、面白かったよ」
そんな中、マジ顔の笹原がずいと近付いた。
恵子「アニキ…」
笹原「よくやったな、恵子」
そう言って微笑んだ笹原に対し、恵子はポロポロと涙をこぼした。
恵子「あれっ?(涙を手でぬぐい)あたし、何で涙なんて…」
笹原は、そんな恵子を無言で抱擁した。
恵子「(赤面し)ちょっ、アニキ何を!?」
笹原「もう我慢しなくてもいい」
恵子「なっ、何言って…」
恵子は笹原にしがみ付き、声を殺して泣いた。
そこへ外で客引きをやっていた面々が帰って来た。
部屋に入るなり着ぐるみの頭を取り、室内の光景に驚愕する。
沢田「(赤面して)こっ、これは?」
スー「アッー!」
ニャー子「ダブル笹原ですかニャー」
国松「大変!会長がワープしてる!」
一同が目を向けると、荻上会長は赤面白目滝汗で、湯気を吹いていた。
アンジェラ「てゆーか銀河離脱?」
国松「(荻上会長の頭のタオルを取り、筆を作りつつシビビビして)会長―、戻って来て下さーい!」
斑目「またこのオチか…」
春日部「お前ら、たまには感動的に終わらせてやれよ」
- 206 名前:30人いる! その424 sage 投稿日:2009/07/20(月) 00:47:42 ID:???
- 現視研初の映画作品「小劇場版ケロロ軍曹 錬金術大戦争であります!」は、その年の学祭で最大の動員数を記録した。
幼稚園や小学校をターゲットに、正門前で着ぐるみでビラを配るという、台場考案のプロモーションが、見事に功を奏した形になった。
まあもっとも、子供料金を設定したせいか、動員数の割に興収は伸びなかったが。
(台場によれば、収支トントンぐらいだそうだ)
こうして現視研初の映画制作と上映は、無事に終了した。
学祭最終日の夜、打ち上げコンパが行なわれた。
伊藤「今日は河豚ですかニャー」
台場「まあ収支トントンだけど、今夜はご祝儀ってことで」
有吉「会長、乾杯の音頭をお願いします!」
荻上「それじゃあみんな、お疲れ様!」
豪田「来年もまた映画作りたいわね」
国松「今度はミニチュア量産して、本格的な特撮やりたいな」
巴「その前に、うちの場合はアニメでしょうが。絵描きはたくさん居るんだし」
台場「いいわね、それ。特撮と違って、採算取れそうだし」
岸野「でも8ミリでアニメとなると、なかなか大変そうだな」
有吉「確かにアニメなら、デジカメの方が簡単そうだね」
浅田「まあ編集ソフト使えば、何とかなりそうだし」
アンジェラ「それよりもラブストーリーがいいあるね」
神田「アンジェラからそういう言葉が出るとは、ちょっと意外ね」
アンジェラ「そうでもないあるよ。何しろヒロインは、ミスター斑目だから」
一同「(一瞬凍結してから)アッー!」
男子一同「(何か変な期待してたのか、がっかりした口調で)そっちのラブストーリーですか…」
- 207 名前:30人いる! その425 sage 投稿日:2009/07/20(月) 00:49:19 ID:???
- そんな賑やかな会話の中、1人沈黙し、動かない者が居た。
恵子だ。
恵子は部屋の片隅で、眠っているかのように動かなかった。
浅田「あれっ?監督、どしたんですか?」
岸野「監督?」
最初に恵子の異変に気付いたカメラマンコンビに続き、一同も徐々に気付き始めた。
一斉に席を立つ一同。
賑やかだったコンパ会場が、沈黙に包まれた。
気のせいか、恵子が白っぽく見えた上に、どこからともなく、あおい輝彦似のこんな声が聞こえて来たような気がした。
「燃えたよ、燃え尽きたよ、真っ白にな…」
「いい加減にしなさい!」
久々に荻上会長が一喝した。
「紛らわしいことしないの!恵子さん、寝てるだけだから!」
そう、恵子は撮影期間中の疲れが一気に出て、ただ眠っているだけであった。
荻上会長の怒涛のツッコミは、なおも続いた。
「浅田君岸野君、意味ありげに後ずさらない!」
「朽木先輩、意味ありげに帽子取らない!」
「大野さん、意味ありげにグラブ落とさない!て言うか、そんなもんどっから出したんですか!?」
「豪田さん、恵子さんの後ろに、白い紙で背景作らない!」
「巴さん、ライト当てて無意味に陰影作らない!」
「そして…」
荻上会長は、恵子の後ろに潜んでいた人影を、猫のようにつまみ挙げつつ言った。
「スーちゃん、紛らわしい独白台詞入れない!」
スー「(あおい輝彦似の声で)ヘヘッ、アーラヨット!」
- 208 名前:30人いる! その426 sage 投稿日:2009/07/20(月) 00:50:46 ID:???
- そんな中、国松は例によって目をウルウルさせつつ、恵子に抱き付いた。
国松「良かった、監督ご無事で!私はまたてっきり、ここに来る途中で引ったくり捕まえようとして、刺されたのかと心配しました!」
一同「???」
神田「千里、そんな上級者向けの特撮ネタ、まだうちのみんなじゃ分かんないわよ」
(作者注)興味のある人は、「ジェットマン 最終回」で検索してみよう。
結局恵子は、コンパが終わっても目覚めず、日垣に背負われて笹原の部屋に運ばれた。
翌朝になっても、その次の日も、そのまた次の日も、恵子は眠ったままだった。
会員たちは、部屋の合鍵を持っている荻上会長に連れられて、何度か見舞いに訪れ、笹原も仕事の合間を縫って、頻繁に様子を見に戻ったが、その間恵子は全く起きなかった。
何度かトイレに起きたが、それとて夢遊病のように、無意識に行なっているようだった。
(見舞いに来た会員たちが、偶然現場を目撃した)
こうして恵子は1週間も眠り続けた。
「ういーっす」
打ち上げコンパから1週間後、ようやく恵子は部室に顔を出した。
飲まず食わずで眠っていた割には、痩せこけていた頬は笹原似のふっくらしたものに戻っていた。
目も仮性近視が少し回復したのか、今日は眼鏡無しの裸眼だ。
化粧も服も、以前のものに近くなり、見た目はほぼ以前の恵子に戻っていた。
一同「お帰りなさい、監督!」
恵子「おいおい、もうその呼び方はよせよ。映画は終わったんだし。それにあたしゃ、もう映画は作らんよ、疲れるから」
台場「そんなこと仰らず、またやりましょうよ。あの映画、学祭で好評でしたし、この後とりあえず三つのイベントにも参加決まりましたし」
恵子「いやさあ、作りたくない訳じゃないんだけど、多分もう作れないよ、あたしには」
国松「(ウルウルして)どうしてですか?」
恵子「何て言うの、映画脳ってやつが、どうも1週間寝てる間に、打ち止めになっちまったみたいなんだよ」
- 209 名前:30人いる! その427 sage 投稿日:2009/07/20(月) 00:52:19 ID:???
- 一同「打ち止め?」
恵子「前は脚本とか読むと、ひとつひとつの画面がはっきりと、頭ん中に浮んだもんだったけど、今日起きてからは全然ダメなんだよ」
スー「押忍!おそらく監督は、ゴジラ10回鑑賞会によって、脳内麻薬が分泌され、それによって脳が活性化していたと思われます!」
巴「つまりその脳内麻薬が切れたと?」
スー「押忍!おそらくそうであります!」
「なあんだ、それなら話は簡単ではないですか」
それまで黙って話を聞いていたクッチーが、にこやかに言った。
恵子「何が簡単なんだ?」
朽木「もう1回、映画10回鑑賞会をやればいいんでありますよ」
こける一同。
恵子「おいおいよせよ。もうあれはこりごりだよ」
「それはいいアイディアですね、クッチー先輩」
クッチーの提案に、またもや目がイッている神田が乗った。
神田「この間は『ゴジラ』10回で、2ヶ月ぐらい脳内麻薬が持ったんだから、もっとたくさんの映画を10回ずつ見れば、もっと持ちますよ。千里、ゴジラって何作あるの?」
国松「全部で28作あるわ」
神田「じゃあそれ全部、監督に10回ずつ見てもらえば、きっともっと持つわよ」
スー「(塩沢兼人似の声で)戦イハコノ一戦デ終ワリデハナイノダヨ。考エテモミロ、我々ガ笹原恵子ニ見セタ映画ノ数ヲ。現視研ハ、アト10年ハ戦エル!」
恵子「ちょっスー、あたしこんな生活、10年もやれねえから!」
神田「晴海、恵子監督が新作作れば、今度はきっと儲かるわよ」
台場の目が異様に輝き、恵子の腕をガシッと取った。
恵子「ちょっ晴海!」
台場「やりましょう!千里、ゴジラの映画のDVD、すぐ用意出来る?」
国松「虫の知らせってやつかしらね。何となく予感がして、(リュックからDVDを出しつつ)こんなこともあろうかと、ゴジラシリーズ全作持って来といたわ」
浅田「何たる真田さん…じゃなくて、ちょっとみんな、冷静になれよ」
- 210 名前:30人いる! その428 sage 投稿日:2009/07/20(月) 00:54:54 ID:???
- 神田「浅田君は、また恵子監督と映画撮りたくないの?」
浅田「そりゃ撮りたいけど…」
神田「映画10回鑑賞会で2ヶ月映画脳が持ったということは、60回見れば1年、600回見れば10年、3000回見れば50年は持つわよ」
斑目「そんな単純なもんなのかね?」
もはや当然のように、飯を食いつつ斑目がツッコむが、事態はさらに進行し続けた。
神田「だから浅田君、恵子監督に映画3000回見てもらえば、一生恵子組で撮影出来るわよ」
浅田の眼鏡がキラリと輝き、恵子の腕をガシッと取った。
恵子「ちょっ、浅田!?」
浅田「俺、カメラマンとして、一生監督に付いて行きます!」
アンジェラ「てゆーか連鎖反応?」
恵子「ちょっ、ちょっと姉さん、大野さん、何とかして!」
荻上「(ちょっとまずいかなあと思いつつも)まあ、この際いい機会だから、将来について真面目に考えてみたらどうです?」
恵子「薄情者!」
大野「(微笑んで)今度は監督さんも、コスで出演して下さいね」
恵子「あんたの頭ん中は、それ一色かよ!」
神田「ねえ晴海、3000回映画見るのって、どれぐらいかかるかな?」
台場「1本2時間として、8ヶ月少々ってとこだから、さすがに1度に見るのは無理ね」
恵子「そっ、そうだろ。だからそういう無謀なことは…」
いつの間にか、神田のイッちゃった目の光が伝染し、目を輝かせた国松が、ガシッと恵子の肩をつかみつつ、力強く宣言した。
「とりあえず、行けるところまで行きましょう!私もお付き合いしますから!」
恵子「い、いやあああああああああああああ!!!!!」
「かってに改蔵」のオチのような絶叫と共に、長き物語は幕を閉じた。
果たして恵子は、生き残ることが出来るか?
ようやく映画も無事終了したが、荻上会長の悩み多き日々は、まだまだ続きそうだ。
頑張れ荻上会長、オタクたちの自由と平和の為に。